前回まで。
予測のスキャンダル
古代人は、出来事を理解する唯一の方法はそれを引き起こすことだと、よく知っていた。
何事も経験してみないと何も言えない。
何らかのリスクを負わずに予測を口にしたり意見を述べる者には、必ずどこかに偽りの要素がある。船と運命を共にする覚悟がないのなら、それは冒険映画を眺めているようなものだ。
予測することで利益を得ている人の意見は聞いちゃダメ。予測の結果によって利益を得る人、もしくは被害を被るリスクを負ってる人は別。
セネカにとって、ストア派の賢者は、忠告が聞き入れられず、国家が修復不可能なほど腐敗している場合、公的な努力から身を引くべきだった。賢明なのは、自己崩壊を待つことである。
諸行無常。
哲学者であり続けるために
哲学者であるとは、長い散歩と推論、そして推論だけによって、他の人が失敗や危機、事故や破産——つまり事後的経験——からしか学び得ないことを、事前に知ることである。
推論(すいろん)とは、既知の事柄を基にして未知の事柄を論じ、結論を導くことらしい。
理解できることが、実は本当には理解できていないと受け入れるには、多くの知性と自信が必要だ。
人は自信過剰な生き物だわ。
給与で雇われる人間は、義理の親に過ぎない。良い義理の親にはなれるかもしれないが、実の親には到底及ばない。
サラリーマンへの皮肉がすぎょい。
経済生活とその他の非常に下品な話題
数学者は問題から出発して解決策を作るが、コンサルタントは「解決策」から出発して問題を作り出す。
マッチポンプみたいですね。
大企業には3つのタイプがある:倒産寸前で隠している会社、すでに倒産していて隠している会社、そして倒産していることに気づいていない会社。
ほぼ倒産しとるやないか。
リスク管理ができないのに利益を出すのが得意だと言うのは、患者を死なせる場合を除けば優れた外科医だと言うようなものだ。
上振れもあるが下振れもでかいんじゃリスキーすぎる。
好奇心旺盛な人は科学を愛し、才能ある人や感受性豊かな人は芸術を愛し、実務的な人はビジネスを愛する。そして残り物は経済学者になる。
経済学者=ばかにしてる。
続きは次回!
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