倫理、ロバスト性とアンチフラジリティ ーThe Bed of Procrustes⑧ー

前回まで。

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倫理

もしあなたが、自分と誰かが友達である理由を見つけられるなら、その人とは本当の友達ではない。

だちになるのに理由はいらねぇ!


 よく言われることだが、デタラメに対して妥協せず、不寛容であれば、友達を失う。しかし同時に、より良い友達も得られる。

 言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。


本当の謙虚さとは、自分自身を他人以上に驚かせることができる状態のことだ。それ以外は、ただの内気か上手なマーケティングでしかない。

大抵の美徳のアピールはマーケティングですわ。


シャルラタン(偽善者・詐欺師)のもう一つの見分け方:自分にとって危険になりかねない意見を口にしない。

 自身に害があろうと意見を口にできる人は信頼できる。


徳の悲劇は、それがどれほど明白で、退屈で、独創性がなく、説教臭い格言であればあるほど、実践が難しいという点にある。

自分が分かってると思い込んでいるものこそ、実践し続けるのは難しい。

 

年老いた男性の髪を染めた姿がむしろ魅力を損なうように、自分の弱さを隠そうとする行為そのものが、それをより醜くする。

見た目がというよりも老いに抗うその姿勢が醜いのである。


ロバスト性とアンチフラジリティ

頑健であるとは、自分の仕事を好む少数の人の意見を、大多数の批判よりも気にかけること(芸術家のように)。

脆弱であるとは、自分の仕事を嫌う少数の人の意見を、大多数の称賛よりも気にかけること(政治家のように)。

自分を嫌ってる人なんて、否応なくいちゃもんつけてくるものですから。


「失敗に耐えられる」ことは達成可能だが、「失敗がまったくない」ことは不可能だ。

失敗しても負けないようにするにはどうしたらいいかを考えるべし。


続きはまた次回!

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